みんなの乳がん

乳がんの自己検診方法

作家・コラムニスト
数年前、乳がんを発症。温存手術により、無事摘出。現在、経過を観察(?)している。

台湾人と日本人のハーフとして台湾に生まれ、幼少〜思春期を米ロスで暮らす。
2005年ケータイ書籍「恋愛博打」で作家デビュー。
歯に衣着せぬ毒舌がうけ、その後も「起動戦士 濡れ男」「女王さまがロバに鞭」などのケータイ書籍や雑誌コラム、紙書籍などを中心に活躍。
並み居る有名作家人を押さえ、各ケータイ書籍サイトの売り上げランキングに続々とベストテン入りし話題となる。
著書に「モテれ。」「魔性れ。」

魔性れ。

「濡れ男-nureo-」(モバイルメディアリサーチ)「彼のセリフでわかる男ゴコロ」(大和出版)などがある。

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おっぱい放置でえぇんかい委員会

最終回 (・з・){ラストめっさげ

体質的に――抗生物質と相性が悪いあたしは、
風邪を引いても、それを使えないので治りがすこぶる遅い。

短くても2週間、長いと1ヶ月以上微熱が続き、ようやく治りかけたころに
どこからかインフルエンザを頂戴してくるといったことが、本当によくある。

年に何十回と通うせいか、かかりつけの内科のドクターとも
今ではすっかり親しくなり、時々夕食をご馳走になったりする。

そんな話はさておき――

病気になった時だけ、心の底から
「健康のありがたみや大切さ」を痛感する愚かなあたし。

普段から気をつけていれば、
普段からしっかり体調管理をしていれば、
こんなに悪化することなどなかったろうに……と、後悔した時にはすでにあとの祭り。

なんてことを、頻繁に繰り返しているあたしは、
自他共に認める、まさに『成長しない女』である。

14年前、実の妹のようにあたしを可愛がってくれていた、
7歳年上のお姉さんが飛び降り自殺をした。

乳がんの手術をするために病院へ入院して、数日目のことだった。

「左胸、全摘出」――それを苦にした自殺。
結婚を半年後に控えた、本当ならば幸せに浸り過ぎていいくらいの時期やったのに。

「ごめんなさい。私は病気と闘えない」
お姉さんの遺書にはそう書いてあった。むなしかった。悲しかった。

多くの人に好かれていたお姉さん。彼女が病気と闘うことを決めたのなら、
あたしたちは皆で、応戦したはずやのに――と思うと、悔しくていっぱい泣いた。



来年の3月、あたしはまた例年通りに乳がん検診を受けるだろう。
「また、マンモグラフィのヤツに痛い思いをさせられるんやろな」なんて思いながら。



だっておっぱい、大切やんか?


***

およそ3ヶ月続いた連載も、今日で最後になりました。

予想以上の反響をいただき、すべての方の
「体験談や乳がんに対する思い」を掲載することが出来ませんでした。

ごめんなさい。
ほんまにごめんなさい。

だけど、本当に有難うございました。
皆さんの協力がなければ、この連載は続けられませんでした。
いつか、何かの形でお礼が出来たらええなあって、思ってます。

「おっぱい放置でえぇんかい?」
年に1回程度でいいんで、あなたの乳に語りかけてあげてください。

そんな感じで、終わらせてもらいます。

ビバ おっぱい! ビバ 健康!

ばいばい!
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